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東京高等裁判所 昭和39年(行ケ)70号 判決

原告 合資会社駿河屋

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

「昭和三七年審判第二、一三六号事件について、特許庁が昭和三九年五月一四日にした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求める。

第二請求の原因

一  原告は、昭和三六年一月一〇日、特許庁に対し、別紙記載(一)のとおり、上部に「ハンマー」のような図を備え、下部には突起辺を設け、かつ、一二条の区切線を施した三カ月状で円形(この三カ月状の円形は、上辺部を一番幅の広い部分として、これを表わしている。)の輪郭体を表わし、その輪郭体内に六個の小半円形突起辺(この突起辺の三個は上辺部に等間隔に設け、他の三個は下辺部に等間隔に配置してある。)を設け、そして中央横に帯状郭部分を施し、かつ、六条の区切線を設けた同心円形の図柄(この図柄は一見亀甲型のように表わしてある。)を配し、該下部辺に小文字で附記的に表現した「SURUGAYA」の文字を極めて普通の態様で左横書きしてなる構成の商標について、商標法施行令別表第三〇類菓子、パンを指定商品として商標登録出願(昭和三六年商標登録願第六一四号)をしたが、同年一〇月一〇日付をもつて、拒絶理由通知を受けたので、同年一一月二五日、意見書を差し出すとともに、手続補正書により右登録出願を原告の有する登録第三四一、〇二七号商標の連合商標としての商標登録出願に変更したところ、昭和三七年七月一八日拒絶査定を受けた。原告は、同年九月八日これを不服として、審判の請求(昭和三七年審判第二、一三六号)をしたが、特許庁は、これに対し、昭和三九年五月一四日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年六月四日に原告に送達された。

二  本件審決の理由の要旨は、本願商標は、別紙記載(二)のとおり、「駿河屋」の漢字を左横書きしてなり、旧商標法施行規則第一五条第四三類羊羮を指定商品とし、昭和二六年一〇月二二日商標登録出願、昭和三五年七月二一日登録に係る登録第五五三、一七〇号商標(以下「引用商標」という。)と外観の点において相違することは明らかであるが、両者ともに「スルガヤ」の称呼、観念を生ずる点において相紛らわしく類似の商標であり、かつ、本願商標の指定商品中には引用商標の指定商品が包含されていることも明らかであり、さらに本願商標が引用商標の商標登録出願より後願であることも明らかであるから、商標法第四条第一項第一一号の規定により登録されるべきものではない、というにある。

三  しかしながら、右審決は、次の理由により違法であり、取り消されるべきものである。

(一)  本願商標は、原告の有していた登録第三三九、〇三二号商標権につき存続期間の更新登録の出願をする時期を失したので、その再出願として商標登録出願したものであり、その構成は右登録第三三九、〇三二号商標と全く同様であるところ、登録第三三九、〇三二号商標においては、商標中の「SURUGAYA」の文字自体について権利不要求の申出がされており、また、右登録第三三九、〇三二号商標の連合商標として登録され、本願商標の連合商標となるべき登録第三四一、〇二七号商標においても、商標中図形以外の「駿河屋」および「大阪堺筋」の文字部分について権利不要求の申出がされているから、これらの登録商標における文字部分は自他商品の識別力を欠き、特別顕著性がないものというほかない。そして、右の経過に照らせば、現行商標法には権利不要求の制度はないが、本願商標中の「SURUGAYA」の文字部分は、なお旧商標法下において権利不要求の申出をした場合におけると同様に、特別顕著性がないものとみなすべきである。したがつて、本願商標の主要部は、図形部分にあり、「SURUGAYA」の文字部分は附記的部分とみなすべきであるから、この文字部分からは「スルガヤ」の称呼、観念を生じないものと解するのが法理上極めて妥当である。それゆえ、本願商標は、引用商標と称呼、観念において類似するものとはいいえない。このことは、引用商標が、その拒絶査定不服抗告審判(昭和二八年抗告審判第一八八九号事件)において登録第三四一、〇二七号商標の存在にかかわらず、この登録第三四一、〇二七号商標からは「スルガヤ」の称呼、観念を生ぜず、したがつて、両者は類似するところがないものとの判定を受けて登録された事実に徴しても明らかであり、これにより本願商標と引用商標とは商標法に照らし類似しないものであることが、確定されているものである。叙上のとおり、引用商標が旧商標法下において登録第三四一、〇二七号商標の後願であるにかかわらず、これと類似しないものとして登録された事実からしても本願商標が新商標法の下において引用商標と類似するものとして登録を拒否されるべき理由はない。

しかるに、審決は、これらの点を十分審究することなく、漫然本願商標から「スルガヤ」の称呼、観念を生ずるとし、本願商標が引用商標と類似すると判断したのは、事理法理を無視したもので、違法である。

(二)  本願商標は、図形と文字の結合商標であり、その図形部分は鶴亀を象徴したもので、図形の中央の上部に鶴首を描出し、全体の構図は翼を拡げた鶴を図案化し、その中央部に亀を表わす図柄を配し、いわゆる鶴亀を図形化した構成に係り、該図形から鶴亀の称呼、観念が生ずるものであるから、本願商標からは、「スルガヤツルカメ」又は「ツルカメスルガヤ」の称呼、観念を生ずるものとするのが相当であり、この点において本願商標は引用商標と何ら類似するものではない。しかるに、審決が、本願商標の図形部分から全く称呼、観念を生じないとしていることは、商標全体の構成を考覈することなく判断したもので、適切を欠くものといわざるをえない。

したがつて、本件審決が、本願商標が引用商標と類似するものとしたのは違法である。

四  以上のとおり、本件審決は違法であるから、これが取消しを求める。

第三被告の答弁

一  主文同旨の判決を求める。

二  請求原因第一項および第二項の事実は、争わない。

三  同第三項の主張は、争う。

(一)  原告は、登録第三三九、〇三二号商標を構成する「SURUGAYA」の文字自体および登録第三四一、〇二七号商標を構成する「駿河屋」の文字自体について、いずれも権利不要求の申出がされていること、ならびに登録第三四一、〇二七号商標が存在するにかかわらず引用商標が登録されたことからして、これらの文字部分からは特別の称呼、観念を生じないものであり、この点は権利不要求の制度が廃止された現行商標法においても同様であり、したがつて、本願商標からは「スルガヤ」の称呼、観念を生じない旨主張するが、既登録商標のある部分について権利不要求の申出がされていることは、かような商標と他の商標との類否を判断する場合に、右既登録商標の構成部分中権利不要求の申出のある部分を、その要部として観察してはならないことを意味するものではない。そもそも、権利不要求とは、権利不要求の申出をした部分についての禁止権を放棄する旨の商標登録出願人の意思表示であつて、私法上の効力に関するものであり、登録法上の効力に関するものではない。したがつて、他に商標登録出願された商標との類否を判断する場合においては、権利不要求の部分の有無に関係なく、それぞれの商標構成自体によつて、その類否を判断すべきものであり、かようにして判断し、かつ、取引の実状等をも勘案した結果、権利不要求の申出がされている部分についても、商標の識別機能を有するものと判断された場合には、商標全体の構成上かような部分からも自然的な称呼が生ずるものといわなければならない。本願商標において、「SURUGAYA」の文字部分は、その構成上比較的小さく表わされているが、出願人の商号の称呼を欧文字で表わしたものであるに対し、図形部分からは特段の称呼、観念が認められないこと、他に称呼、観念を生ずる文字は本願商標を構成する部分として存在しないこと、右の文字が表示の態様から識別標識としての表示方法ではないと断定しうるものといいえないこと等からして、簡易、迅速をたつとぶ取引界においては奇妙な態様からなる本願商標の図形から不自然な称呼、観念を生ぜしめるよりは、文字より生ずる称呼により、本願商標を称呼して、これを使用する商品の識別標識とするのが自然であり、取引の実状にも沿うものであると判断されるから、審決は文字の部分から称呼、観念が生ずるものと認定したものであり、この意味で審決には違法の点はない。

(二)  本願商標が、存続期間の満了により消滅した登録第三三九、〇三二号商標の再出願であるとしても、新たな商標登録出願として、失効した登録商標とは関係なく、類否を判断すべきものであることは商標法の規定に照らし明白であり、また、本願商標が登録第三四一、〇二七号商標の連合商標としての商標登録出願であり、あるいは、かつて本願商標と同一構成の登録第三三九、〇三二号商標が登録第三四一、〇二七号商標の連合商標として登録されていた事実があつたとしても、連合商標は分離して移転しえないという点を除けば独立の商標と同一視すべきであるから、本願商標の類否の判断に当たつては、それが他の商標と連合するものであるかどうか等の事実と関係なく、他人の既登録商標と類否を判断すべきものであり、そのようにして判断された結果、既登録商標と牴触するものであることが明らかである以上は登録を認められるべきものでないから、本審決には何ら違法の点はない。

第四証拠〈省略〉

理由

一  本願商標についての特許庁における審査、審判手続の経緯および審決の理由の要旨ならびに本願商標および引用商標のそれぞれの構成、指定商品および商標登録出願年月日についての請求原因第一、第二項の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、本願商標と引用商標との類否について、以下に判断する。

(一)  本願商標の構成は、別紙記載(一)のとおり、上辺部が最も広く下部になるに従つて細くなつている三カ月状の円形輪郭体に一二条の区切線を施した図形を黒塗りで描き、上部の黒塗りの部分に柄の下部が輪郭体の内側に一部突き出たハンマー状の図形を白抜きで表わし、三カ月状の図形の下部の外側に小さい突起辺を設け、輪郭体の内部に細い黒い線で同心円を描き、その内円と外円の間に等間隔で八条の区切線を設け外円の上辺部および下辺部にそれぞれ三個ずつの小半円形突起辺を設け、同心円の外側下辺部と三カ月形輪郭部との間に左より輪郭に沿つて、「SURUGAYA」の欧文字を横書きしてなるものであるが、かように商標が図形と文字との結合からなる場合、取引者や需要者がこの商標を使用した商品を認識し、指示するに当たつては、通常右図形および文字をもつて構成される商標全体のうち、特に看者の注意をひき易い部分あるいは親しみ易い部分である要部によつてするものといいうるところ、本願商標についてこれをみるに、図形中央部の二重同心円の部分が亀の子型をしていることは一見して容易に推認できるが、他の部分が何を表わすものであるかは必ずしも明白ということはできないから、この図形部分からどのような称呼、観念を生ずるかを抽出することは困難であるに対し、「SURUGA-YA」の文字部分は商標全体の構成からみると比較的小さく表示されてはいるものの通常の取引者、需要者にとつては極めて親しみ易い呼び名であり、ことに右の文字部分が商標登録出願人である原告の商号の称呼を欧文字で表示したものであること、および本願商標中の図形部分が前示のとおり極めて複雑で親しみにくく、この部分から称呼を抽出しにくい構成となつていること等に徴すると、簡易、迅速を旨とする商取引の実際においては前記文字部分より生ずる「スルガヤ」の称呼、観念により、本願商標を附した商品を認識し、識別するのが自然であると認めるを相当とするから、本願商標中「SURUGAYA」の部分はその要部に属し、この部分から「スルガヤ」の称呼、観念を生ずるものということができる。

原告は、本願商標がすでに存続期間の満了により消滅した登録第三三九、〇三二号商標の再出願であるところ、登録第三三九、〇三二号商標においては、商標中「SURUGAYA」の文字自体について権利不要求の申出がされていること、および右登録第三三九、〇三二号商標の連合商標として登録され、本願商標の連合商標となるべき登録第三四一、〇二七号商標においても、商標中図形以外の「駿河屋」の文字部分について権利不要求の申出がされていることから、これらの商標においては、上記の文字部分は自他商品の識別力がなく特別顕著性を欠くものであり、この点権利不要求の制度の廃止された現行商標法の下においても同様であるから、本願商標から「スルガヤ」の称呼、観念を生ずるいわれはない旨主張するが、商標の類否を判断する場合には、当該商標の全体について考察すべきであり、権利不要求は、その部分について被告代理人のいわゆる禁止権を放棄する旨の出願人の意思表示であり、その申出があるからといつて、その部分を当該商標から排除して考察すべきものでないと解するを相当とするから、本願商標と同一構成の登録第三三九、〇三二号商標または本願商標と連合商標となるべき登録第三四一、〇二七号商標において、その文字部分につき権利不要求の申出がされていたかどうかは、本件における商標の類否の判断には直接的にはもちろん、間接的にも何らの影響をもたないものというべきであるし、また、本願商標については、前段説示のとおり、その商標全体を考察した結果、「SURUGAYA」の文字部分に要部があるものと認められるのであるから、原告の右主張は採用の限りでない。

また、原告は、本願商標の図形部分は鶴亀を象徴したものであり、中央部の二重同心円の部分は亀を表わし、その余の部分は翼を拡げた鶴を図案化して表示したものであるから、この図形からは「鶴亀」の称呼、観念を生じ、したがつて、本願商標からは「スルガヤツルカメ」または「ツルカメスルガヤ」の称呼、観念を生ずる旨主張するが、前記説示のとおり、本願商標の図形の中央部の二重同心円の部分が亀の子型を表示していることは容易に推認できるとしても、その他の部分が鶴を表示したものとは、その旨の説明がない限り、これを理解するに困難である点からして、この図形から「ツルカメ」の称呼、観念を生ずるものとは直ちにいいえないし、また、取引界で本願商標がそのように称呼、観念されている事実を認めるに足りる証拠もない。のみならず、仮に本願商標について、原告主張のとおり「スルガヤツルカメ」または「ツルカメスルガヤ」の称呼、観念を生ずるとしても、前記説示の事由から、別に、「スルガヤ」の称呼、観念をも生ずることを否定することはできないから、原告のこの主張も失当といわざるをえない。

(二)  次に、引用商標は、別紙記載(二)のとおり、毛筆通常書体で「駿河屋」の漢字を左横書きしてなるもので、右の構成から「スルガヤ」の称呼、観念を生ずることは明らかである。

(三)  叙上のとおりである以上、本願商標と引用商標は、「スルガヤ」の称呼、観念を共通にする類似の商標といわなければならない。

なお、原告は、引用商標は本願商標と連合商標となるべき登録第三四一、〇二七号商標よりも後願であるにかかわらず、その拒絶査定不服抗告審判(昭和二八年抗告審判第一、八八九号)において、登録第三四一、〇二七号商標からは「スルガヤ」の称呼、観念を生ぜず、したがつて、両者は類似しないものと判定されて登録となつた事実から、本願商標は引用商標と類似しない旨力説するが、右の事実の存在はもとより前記判断を妨げる資料とはならないし、また、この事実の存在を考慮に容れてみても前記判断と結論を異にすべき理由を認めえないから、原告のこの点の主張も採用するに由ない。

三  以上のとおり、本願商標は引用商標と類似し、しかも本願商標が引用商標の商標登録出願の日の後の商標登録出願に係り、かつ、本願商標の指定商品中に引用商標の指定商品が包含されていることは前記認定のとおり明らかであるから、本願商標は商標法第四条第一項第一一号の規定により登録を許されないものというべきである。

よつて、本願商標が引用商標と類似しているものとし、商標法第四条第一項第一一号の規定によりその登録を拒否した本件審決は相当であり、その取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないから、これを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 原増司 福島逸雄 武居二郎)

別紙

(一) 本願商標〈省略〉

(二) 登録第五五三、一七〇号 商標 (引用商標)〈省略〉

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